好き嫌いがすべてを決めてしまう?
思っていることを、伝えきるのは難しい。伝える相手は、一緒に病棟で活動をしている同僚だ。
これが、ときに相手の誤解を招いてしまうときがある。
きのうは、夕方病棟から戻ってきたときに、
「私のことが嫌いなのだろう」
「以前のようにHideは私に対してフレンドリーではないよね」
と言った言葉を投げかけられた。
さらに、
「私(同僚)に対してのフレンドリーさ」や「ありがとうといいなさい」と求められたりした。
何に対して、「ありがとうと言え」ということなのかがピンとこない。
私が同僚に対して好ましくない感情を持っているということ。
違う。それは違うぞ。
実は、私は、あまりこの同僚に意見をたくさん言いたくはない。
私より年上だし、現場での経験年数も長い。
とはいっても、本人が語るところ、そして私の見たところによれば、脳卒中の発症後のできるだけ早期からの病棟での入院患者に対する理学療法や、立ち上がり、ベッドから車いすの乗り移り、立ち座り、歩行などの動作練習と患者の介助方法については、慣れていないという面がたしかにあった。これは、ベトナムでは、理学療法イコール物理治療、あるいは機能訓練といった流れでここまで来ていることも影響しているように思う。
伝えるこちら側としては、何らの他意や悪意はない。ただ、患者さんにとってリハビリするうえで安全に抵触してしまうような場合や、このような方法や考え方もあって、患者さんにとってそれは少なくともデメリットにはならない、というようなときには、積極的に考えていることや意見を伝える。「こういう意見や考え方ももあるかと思います」と言った形で伝える。
以前にも紹介したように「率直に」伝える。
配属先では年長のこの同僚に、現場の理学療法に関することでつっこんで意見を言えるような同僚はいない。言う必要があるというときには、タイムリーに伝える必要があると思っている。ボランティアは、配属先のそうした壁にとらわれることがないといった長所もある。伝えることで、はじめて認識してもらえたり、認識をあらたにしてもらえたり、気づきのきっかけになったりすることだってある。このように率直に意見交換ができるようになるまでには、1年半近くの月日を要している。
リハビリに対する考え方や観点は似通っている点もあれば異なっている点もある。決して、個人的な感情の好き嫌いでもって、仕事の好き嫌いや、配属先での活動の是非をいっているのではない。
ここベトナム(私の配属先)において、ベトナム人と仕事をしていく際に、好き、嫌いという個人的、主観的に、そして感情的に、集約されすぎるきらいがあるところが、難しい。
これが、ときに相手の誤解を招いてしまうときがある。
きのうは、夕方病棟から戻ってきたときに、
「私のことが嫌いなのだろう」
「以前のようにHideは私に対してフレンドリーではないよね」
と言った言葉を投げかけられた。
さらに、
「私(同僚)に対してのフレンドリーさ」や「ありがとうといいなさい」と求められたりした。
何に対して、「ありがとうと言え」ということなのかがピンとこない。
私が同僚に対して好ましくない感情を持っているということ。
違う。それは違うぞ。
実は、私は、あまりこの同僚に意見をたくさん言いたくはない。
私より年上だし、現場での経験年数も長い。
とはいっても、本人が語るところ、そして私の見たところによれば、脳卒中の発症後のできるだけ早期からの病棟での入院患者に対する理学療法や、立ち上がり、ベッドから車いすの乗り移り、立ち座り、歩行などの動作練習と患者の介助方法については、慣れていないという面がたしかにあった。これは、ベトナムでは、理学療法イコール物理治療、あるいは機能訓練といった流れでここまで来ていることも影響しているように思う。
伝えるこちら側としては、何らの他意や悪意はない。ただ、患者さんにとってリハビリするうえで安全に抵触してしまうような場合や、このような方法や考え方もあって、患者さんにとってそれは少なくともデメリットにはならない、というようなときには、積極的に考えていることや意見を伝える。「こういう意見や考え方ももあるかと思います」と言った形で伝える。
以前にも紹介したように「率直に」伝える。
配属先では年長のこの同僚に、現場の理学療法に関することでつっこんで意見を言えるような同僚はいない。言う必要があるというときには、タイムリーに伝える必要があると思っている。ボランティアは、配属先のそうした壁にとらわれることがないといった長所もある。伝えることで、はじめて認識してもらえたり、認識をあらたにしてもらえたり、気づきのきっかけになったりすることだってある。このように率直に意見交換ができるようになるまでには、1年半近くの月日を要している。
リハビリに対する考え方や観点は似通っている点もあれば異なっている点もある。決して、個人的な感情の好き嫌いでもって、仕事の好き嫌いや、配属先での活動の是非をいっているのではない。
ここベトナム(私の配属先)において、ベトナム人と仕事をしていく際に、好き、嫌いという個人的、主観的に、そして感情的に、集約されすぎるきらいがあるところが、難しい。
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